「正直に言うと、最初はAIなんて絶対に使いたくなかったんです」——松本恵子さんは、そう言って笑いました。介護支援専門員として20年のキャリアを持ち、現在は神奈川県内の居宅介護支援事業所「さくら」の所長を務める松本さん。今では積極的にAIを活用し、業界内での講演活動も行うほどになりましたが、その転換点には何があったのでしょうか。
「書類に追われて、利用者の顔が見えなくなっていた」
——まず、AI導入前の状況を教えてください。
担当利用者が45名いて、毎月のモニタリング記録、3ヶ月ごとのケアプラン更新、サービス担当者会議の議事録……書類仕事が終わらなくて、毎日夜10時まで残業していました。利用者さんのお宅に訪問しても、頭の中は「次の書類どうしよう」ということばかりで、目の前の方の話をちゃんと聞けていなかった。それが一番つらかったです。
——そんな状況でAIを導入しようと思ったきっかけは?
同業者の集まりで、ある方が「ChatGPT(チャットGPT:AIと会話しながら文章を作れるサービス)でケアプランの下書きを作っている」と話していたんです。最初は「そんなの使っていいの?」「個人情報は大丈夫なの?」と不安でした。でも、その方に実際に見せてもらったら、思ったより簡単で、しかも自分が書くより読みやすい文章が出てきて。「これは試してみなければ」と思いました。
具体的な活用法——「個人情報を入れない」が鉄則
——実際にどのように使っているか、具体的に教えていただけますか?
まず大前提として、利用者さんの氏名や住所など個人を特定できる情報は絶対に入力しません。「80代女性、要介護2、認知症あり、独居、転倒リスク高い」という形で、匿名化した状態で使います。そのうえで、「この状況の利用者のケアプランの課題と目標を書いてください」と入力すると、たたき台が出てきます。それを私が修正・加筆して完成させる、という流れです。
——どのくらい時間が短縮されましたか?
ケアプラン1件あたり、以前は2〜3時間かかっていたものが、今は30〜45分で終わります。45名分だと、月間で約60〜70時間の削減になります。残業がほぼゼロになって、今は定時で帰れる日がほとんどです。その分、訪問時間を増やして、利用者さんとゆっくり話せるようになりました。
「AIが書いた文章をそのまま使わない」——専門家としての矜持
——AIが作った文章をそのまま使うことへの抵抗感はありませんでしたか?
それは今でも強くあります。AIが出してくる文章はあくまで「たたき台」であって、最終的には私が責任を持って確認・修正します。利用者さんの個別性——「この方は音楽が好きで、それが生きがいになっている」とか「ご家族との関係がこういう状況」とか——そういう細かいことはAIには分かりません。だから、AIが作った枠組みに、私が現場で感じたことを肉付けしていく、というイメージです。
——ケアマネジャーとしての専門性が失われる心配はありませんか?
むしろ逆だと思っています。書類を書く時間が減った分、利用者さんや家族と向き合う時間が増えた。それが本来のケアマネジャーの仕事のはずです。AIは「書く作業」を手伝ってくれるだけで、「考える力」や「人と向き合う力」は私たちにしかできない。そこに集中できるようになったという意味では、専門性がむしろ高まったと感じています。
スタッフへの展開——「1週間で慣れた」
——事業所のスタッフへの展開はどのように進めましたか?
最初は私一人で3ヶ月試して、「これは使える」と確信してからスタッフに紹介しました。パソコンが苦手なスタッフが多いので、スマートフォンの音声入力から始めてもらいました。訪問先から次の訪問先へ移動する車の中で、「今日の訪問の様子」を声で話すだけ。それをAIに渡して記録の形に整えてもらう、という流れです。みんな1週間もしないうちに慣れましたよ。
——抵抗を示したスタッフはいませんでしたか?
いました(笑)。「AIに頼るのは手抜きじゃないか」という意見も出ました。でも、「残業が減って、その分利用者さんと向き合える時間が増える。それが手抜きですか?」と話したら、みんな納得してくれました。実際に使い始めると、「こんなに楽になるなら早く教えてほしかった」という声が多かったです。
これからのケアマネジャーに伝えたいこと
——最後に、AIの活用を迷っている同業者へのメッセージをお願いします。
「怖がらなくていい」ということです。AIは私たちの仕事を奪うものではなく、私たちが本来やるべき仕事に集中するための道具です。まず1つの記録だけ、試しにAIに下書きを作ってもらってみてください。「こんなに簡単なの?」と驚くはずです。介護の仕事は人と人のつながりが本質。AIはその時間を増やすために使うものだと、私は思っています。
松本さんが実践するAI活用の3原則
① 個人情報は絶対に入力しない——氏名・住所・生年月日など個人を特定できる情報は匿名化してから使用する。
② AIの出力はあくまで「たたき台」——生成された文章は必ず専門家として確認・修正し、最終責任は自分が持つ。
③ 「書く時間」を減らして「考える時間」を増やす——AIで効率化した時間は、利用者との対話や家族支援に充てる。




