「うちみたいな小さな施設には関係ない話だと思っていました」——田村誠一さんは、AI導入前の自分をそう振り返ります。スタッフ20名、入居者50名の特別養護老人ホーム「ひだまり」の施設長を15年務める田村さん。大きな法人でもなく、ITに詳しいスタッフもいない中で、どのようにAI活用を実現したのでしょうか。

「うちには関係ない」から「やってみよう」へ

——AI導入を決意したきっかけを教えてください。

2023年の秋、地域の施設長仲間との勉強会で、ある方が「AIでシフト作成の時間が8割減った」という話をしていたんです。うちは毎月のシフト作成に担当者が丸2日かかっていて、それが大きな負担になっていました。「もしかしたらうちでもできるかも」と思って、まず自分でスマートフォンのAIアプリを使ってみたのが始まりです。

——最初に試したのはどんなことでしたか?

施設の月次報告書の下書きです。毎月、法人本部に提出する報告書を書くのに2〜3時間かかっていたんですが、「先月の入居者数・稼働率・インシデント件数・スタッフの状況」を箇条書きでAIに入力して、「施設長報告書の形式で整えてください」と頼んだら、30分もかからずに完成しました。「これは使える」と確信しました。

成功体験と失敗——「ツールを入れれば解決」ではなかった

——具体的にどんなツールを導入しましたか?

AIシフト管理ツールと、介護記録の音声入力システムの2つです。シフト管理は月額2万円、音声入力は月額1万円で、合計月3万円の投資です。シフト管理は大成功で、作成時間が週16時間から2時間に減りました。一方、音声入力は最初の2ヶ月、ほとんど使われませんでした。

——音声入力がうまくいかなかった理由は何だったのでしょう?

私が「便利だから使って」と言うだけで、スタッフへの説明が不十分だったんです。「なぜ使うのか」「どう使うのか」「使うことでどんないいことがあるのか」——これを丁寧に伝えていなかった。スタッフからすると「また新しいシステムを押しつけられた」という感覚だったと思います。3ヶ月目に、スタッフ全員を集めて「これを使うと残業がなくなる」という実演をしたら、一気に普及しました。

——その失敗から学んだことは?

「ツールを入れることがゴールではない」ということです。スタッフが「自分のために便利になる」と実感できなければ、どんなに良いツールでも使われません。導入前に「このツールで何が変わるか」を現場のスタッフと一緒に考えることが大切だと学びました。

数字で見る成果——月3万円の投資で年間200万円超の効果

——現在の成果を数字で教えていただけますか?

シフト作成の時間削減で月14時間、音声入力による記録作成の時間削減で月40時間、合計月54時間の業務削減です。時給換算で月約11万円、年間約130万円のコスト削減になります。さらに、残業が減ったことでスタッフの離職率が下がり、採用コストも年間約80万円削減できました。合計すると年間210万円以上の効果です。月3万円の投資でこれだけの効果が出るとは、正直思っていませんでした。

「小規模施設だからこそ、機動力がある」

——小規模施設ならではの強みはありましたか?

意思決定が速いことです。大きな法人だと、新しいツールを導入するのに稟議書を書いて、委員会を開いて、何ヶ月もかかることがある。うちは私が「やってみよう」と言えば翌週から試せます。失敗しても損失が小さいので、気軽に試せる。その機動力が、結果的に良かったと思います。

——これからAIを導入しようとしている小規模施設の経営者へのアドバイスをお願いします。

「完璧な計画を立ててから始めよう」と思わないことです。私も最初は「もっと勉強してから」「もっと準備してから」と言い訳していました。でも、実際に使ってみないと分からないことが多い。まず1つだけ、一番困っていることに対してAIを試してみてください。失敗を恐れて何もしないことが、一番のリスクだと今は思っています。

田村さんのAI導入ロードマップ(小規模施設版)

第1段階(0円〜):無料ツールで試す——スマートフォンのAIアプリで報告書や議事録の下書きを作成。費用ゼロで効果を体感する。

第2段階(月1〜3万円):1つのツールを導入——最も時間がかかっている業務(シフト作成・記録入力など)に特化したツールを1つ試す。

第3段階(スタッフ展開):現場の声を聞きながら広げる——「なぜ便利なのか」を丁寧に説明し、スタッフ自身が「使いたい」と思える環境を作る。